本記事では、変圧器の無負荷損の種類とその発生要因について記述する。
無負荷損の概要
無負荷損の定義
変圧器の無負荷損は、「変圧器が無負荷のとき、定格周波数・定格電圧を一次側に加えたときの入力」である。
無負荷損はその大部分が鉄損である。
その他、「励磁電流による一次銅損」「絶縁物中の誘電体損」等を含むが、大きさは鉄損に比べ極めて小さい。
供給エネルギーとヒステリシス曲線
鉄心中に交流磁束が通ると、エネルギー損失が生じる。
一次巻線に接続されている電源は、そのエネルギー損失分も変圧器に供給しなければならず、そのエネルギーが鉄損($\fallingdotseq$無負荷損)である。
この電源から供給されるエネルギー$W$は、一次巻回数$N_1$の変圧器への印加電圧(瞬時値$e$)と励磁電流(瞬時値$i_e$)を用いて、
$$\begin{align*}
W&=\int e\cdot i_edt\\\\
&=\int N_1\frac{d\phi}{dt}\cdot i_edt\\\\
&=N_1\int i_ed\phi ・・・(1)
\end{align*}$$
この供給エネルギー$W$と電圧$e$,励磁電流$i_e$および磁束$\phi$の関係を示したものを図1に示す。
図1 供給エネルギーと電圧・励磁電流・磁束の関係
同図左および$(1)$の導出過程より、供給エネルギー$W$は電圧$e$と励磁電流$i_e$の積で求められ、図の網掛け部分の面積で表される。
図1の電圧$e$が正の区間では電源から変圧器にエネルギーが供給され、負の区間では逆に電源にエネルギーが返還されることを示している。
また、図1左の励磁電流$i_e$と磁束$\phi$の関係は、同図右のヒステリシス曲線で表される。
$(1)$式より、供給エネルギー$W$は図1右のヒステリシス曲線の励磁電流$i_e$と磁束$d\phi$の積を$\phi$軸方向に積分したもの、すなわちヒステリシス曲線で囲われる部分の面積で表されることがわかる。
したがって、1サイクル当たりの供給エネルギー$W$については、図1左右の網掛け部分の面積がそれぞれ対応していることになる。
なお鉄損は、ヒステリシス損と渦電流損の和で表される。
ヒステリシス損
ヒステリシス損の概要
ヒステリシス損は、鉄心内の磁束の方向および大きさが変化することにより、それに合わせて鉄心を構成する分子が方向および配列を変えるため、分子相互間に摩擦損を生ずることが要因である。
ヒステリシス損は前項でも示したように、図1右に示す1サイクルあたりのヒステリシス曲線の囲む面積$\times$周波数(サイクル数)に比例する。
Steinmezの実験式
電源の周波数を$f[\mathrm{Hz}]$,最大磁束密度を$B_m[\mathrm{T}]$とすると、鉄心の単位重量当たりのヒステリシス損$W_h[\mathrm{W/kg}]$は、次式で表される。
$$\begin{align*}
W_h=\sigma_h\cdot f\cdot{B_m}^n ・・・(2)
\end{align*}$$
$(2)$式において、
- $\sigma_h$:材料の特性で決まる定数(ヒステリシス損係数)
- $n$:Steinmetzの定数
$(2)$式はC.P.Steinmetzの実験式とも呼ばれ、$1\mathrm{T}$以下の低磁束密度の範囲では$n=1.6$で与えられる。
また、常用磁束密度である$1.5\sim1.7\mathrm{T}$程度の範囲では、$n=2\sim2.5$程度の値になる。それ以上に大きくなることもある。
なお、誘導起電力を$E[\mathrm{V}]$,常用磁束密度範囲で$n=2$であるとすると、$E\propto fB_m$であることを利用して、$(2)$式より、
$$\begin{align*}
W_h&=\sigma_h\cdot f\cdot{B_m}^2\\\\
&=k_1\frac{E^2}{f} ・・・(3)
\end{align*}$$
ただし、$k_1$は比例定数である。
文献によっては、$(3)$式をヒステリシス損の計算式として採用しているものもある。
渦電流損
渦電流損の概要
渦電流損は、磁束の変化によって鉄心内に起電力が生じ、鉄心表面に近い部分に電流が流れることによる抵抗損失が要因である。
電源周波数を$f[\mathrm{Hz}]$,最大磁束密度を$B_m[\mathrm{T}]$,鉄心の鋼板の厚さを$d[\mathrm{m}]$とすると、単位重量当たりのうず電流損$W_e[\mathrm{W/kg}]$は、次式で示される。
$$W_e=\sigma_ef^2{B_m}^2d^2 ・・・(4)$$
ただし、$\sigma_e$は材料の特性で決まる定数(渦電流損係数)である。
$(4)$式より、渦電流損$W_e$は電源周波数、最大磁束密度および鋼板の厚さの各値の2乗に比例する。
次項にて$(4)$式を導出する。
渦電流損の式の導出
抵抗率$\rho[\mathrm{\Omega\cdot m}]$,厚さ$d[\mathrm{m}]$,幅$h[\mathrm{m}]$,奥行き$l[\mathrm{m}]$の鋼板に磁束$\phi[\mathrm{Wb}]$が鎖交したようすを図2に示す。
図2 鋼板に流れる渦電流
図2のように鋼板に磁束$\phi$が橙色の矢印の方向に鎖交すると、鋼板の表面に図の赤矢印に示すような渦電流が流れる。
中心から厚さ方向$x$の部分までの面積$x\cdot h$に鎖交する磁束$\phi$は、最大磁束密度$B_m[\mathrm{T}]$を用いて、
$$\begin{align*}
\phi&=B_m\sin\omega t\cdot\left(x\cdot h\right)\\\\
&=B_mhx\sin\omega t ・・・(5)
\end{align*}$$
ここで、鋼板の中で微小な厚さ$dx$の短冊(図2の点線)を切り出したとき、短冊に誘起される起電力$e[\mathrm{V}]$は、$(5)$式より、
$$\begin{align*}
e&=-\frac{d\phi}{dt}\\\\
&=-\omega B_mhx\cos\omega t\\\\
&=\omega B_mhx\sin\left(\omega t-\frac{\pi}{2}\right) ・・・(6)
\end{align*}$$
この短冊の表面抵抗$r[\Omega]$は、渦電流の方向に注意すると、
$$r=\rho\frac{h}{l\cdot dx} ・・・(7)$$
したがって、短冊に流れる渦電流の大きさ$di[\mathrm{A}]$は、$(6),\ (7)$式より、
$$\begin{align*}
di&=\frac{e}{r}\\\\
&=\frac{\displaystyle{\omega B_mhx\sin\left(\omega t-\frac{\pi}{2}\right)}}{\displaystyle{\rho\frac{h}{l\cdot dx}}}\\\\
&=\frac{\omega B_mlx}{\rho}\sin\left(\omega t-\frac{\pi}{2}\right)dx ・・・(8)
\end{align*}$$
短冊に流れる渦電流$di$による消費電力は$e\cdot di$で表されるので、鋼板全体における消費電力$p[\mathrm{W}]$は、$(8)$式より、
$$\begin{align*}
p&=\int e\cdot di\\\\
&=2\int^{\frac{d}{2}}_{0}\left\{\omega B_mhx\sin\left(\omega t-\frac{\pi}{2}\right)\right\}\cdot\left\{\frac{\omega B_mlx}{\rho}\sin\left(\omega t-\frac{\pi}{2}\right)\right\}dx\\\\
&=\frac{2\left(\omega B_m\right)^2hl}{\rho}\sin^2\left(\omega t-\frac{\pi}{2}\right)\int^{\frac{d}{2}}_{0}x^2dx\\\\
&=\frac{2\left(\omega B_m\right)^2hl}{\rho}\sin^2\left(\omega t-\frac{\pi}{2}\right)\left[\frac{1}{3}x^3\right]^{\frac{d}{2}}_{0}\\\\
&=\frac{\left(\omega B_m\right)^2hld^3}{12\rho}\sin^2\left(\omega t-\frac{\pi}{2}\right) ・・・(9)
\end{align*}$$
鋼板で消費する平均電力$\overline{p}[\mathrm{W}]$は、$\displaystyle{\overline{\sin^2\left(\omega t-\frac{\pi}{2}\right)}=\frac{1}{2}}$であることから、$(9)$式より、
$$\begin{align*}
\overline{p}&=\frac{1}{2}\cdot\frac{2\left(\omega B_m\right)^2hld^3}{12\rho}\\\\
&=\frac{\left(\omega B_m\right)^2hld^3}{24\rho} ・・・(10)
\end{align*}$$
渦電流による消費電力はすべて熱損失に変換されるため、単位体積あたりに発生する熱量$W_e[\mathrm{W/m^3}]$は、$(10)$式より、
$$\begin{align*}
W_e&=\frac{\overline{p}}{hld}\\\\
&=\frac{\left(\omega B_m\right)^2d^2}{24\rho}\\\\
&=\frac{\pi^2}{6\rho}f^2\cdot B^2_m\cdot d^2 ・・・(11)
\end{align*}$$
鋼板の比重に合わせて係数を変更し、$(11)$式の単位を$[\mathrm{W/kg}]$に変換すれば、$(4)$式が導かれる。
全鉄損の式
鉄心中の渦電流は、一種の変圧器二次電流と等価であると考えられる。
したがって、渦電流の増加により一次電流も変化するが、これが見かけ上励磁電流の増加として表れ、図1のヒステリシス曲線の形状は渦電流によって変化する。
ゆえに、渦電流損がヒステリシス曲線の形を変化させ、曲線の面積であるヒステリシス損に損失増加分として重畳することで、全鉄損($=$電源からの供給エネルギー)となる関係性が導かれる。
なお、$(4)$式は、誘導起電力$E[\mathrm{V}]$をすると、$E\propto fB_m$であることを利用して、
$$W_e=k_2d^2E^2 ・・・(12)$$
ただし、$k_2$は定数である。
$(3)$および$(12)$式より、単位重量あたりの全鉄損$W[\mathrm{W/kg}]$は、
$$\begin{align*}
W&=W_h+W_e\\\\
&=k_1\frac{E^2}{f}+k_2d^2E^2\\\\
&=\left(\frac{k_1}{f}+k_2d^2\right)E^2 ・・・(13)
\end{align*}$$
で表される。
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参考文献
- 電気学会『電気工学ハンドブック 第7版』オーム社,2013
- 浅川ほか『電力機器講座5 変圧器』日刊工業新聞社, 1966
- 坪島茂彦『図解 変圧器―基礎から応用まで』東京電機大学出版局,1981
- 社団法人 日本電気技術者協会『電気技術解説講座「インダクタンス物語(8)うず電流とその性質」』
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